第2回福岡アートアワード受賞作品展 _ 福岡市美術館Fukuoka2024.3.28 - 6.2
お臍(へそ)と呼吸
ソー・ソウエン
- *(この文章を読むときは、声を出さずに口を動かして音読し、息つぎに耳を傾けながら読んでください。)
ねえ、イオ ¹。あなたがはじめて吸った空気、どんな匂いだったか、おぼえてる?
今から28年ほど前、あなたはお臍(へそ)を通してわたしと繋がっていた。それが生まれ落ちた途端、別々になり、通路は絶たれ、穴は閉じた。そうしてお臍(へそ)は今の形になったの。あなたがあなたであることを刻み込みこんだその傷は、癒えることもなく、遺跡のように今もあなたのお腹の上に残り続けている。
イオ。あなたとわたしは、別々になる以外の方法で生きていくことはできなかったのかな。わたしたちはそんな風に世界からわたしを区別することでしか、閉ざすことでしかわたしの固有性を保てないのかな。あなたはそれを拒むように産声をあげたんだよね。それまで羊水で満たされていた肺を開き、初めて使う筋を強張らせながら空気を震わせて。それ以降、毎日数リットルもの外界があなたのもとを通過しているんだって。恐ろしいと思わない?それでもわたしと名付けて生きていかなくちゃいけないんだ。
時々、自分の身体が鎧(よろい)のように感じる時がある。特に大勢の人の中にいるとき。
自分の輪郭のようなものをありありと感じて、ここから出してくれって思う。
いや、本当はどこかにかくまって欲しいのかも、自分でも気付かなくなるくらい奥の方に。
ねえ、イオ。どうしてそんな風に平然と立っていられるの?あたかも、ひび割れず、漏れ出したり、取り替えたことがないみたいに。
- *「呼吸はすでにして、こういってよければ共食いの原初の形態でもある。」²
- *新型コロナウイルス蔓延以降、他者との身体的な繋がりが絶たれた日々の中で、息をしている、もしくは他人の呼吸音が聞こえる。ということが恐ろしく感じたことを覚えています。
しかしながら、わたしたちは生きている限り呼吸を止めることはできず、同時に個であること、傷(お臍(へそ))を負った「わたし」というフィクションを手放すこともできずに、開きと閉じの狭間で、わたしたちという共同体が大きく揺らいだのを覚えています。
今、他人の呼吸音に意識を傾けるとどのような気分になるでしょうか。呼吸はさざ波のような安堵をもたらすでしょうか、はたまたそれは恐怖、小さな叫びのように聞こえるのでしょうか。
皆で呼吸を行うとき、わたしたちのリズムは同調するのでしょうか。ちぐはぐと、自分の呼吸のペースを見失うのでしょうか。そもそも普段の自分の呼吸はどんなだったでしょうか。これらのインスタレーションやパフォーマンス³ がこの時代の空気を吸い込み、吐き出すものになることを願います。
- イオ - io [ˈiːo イ-オ] 人称代名詞1人称単数男性形および女性形 1. 私は、私が 2.自己,自分【哲学】自我 ー プリーモ伊和辞典
- エマヌエーレ・コッチャ『植物と生の哲学 混合の形而上学』勁草書房、2019年
- 2022年12月10日に15名の集団によるパフォーマンス《Bellybutton and Breathing-お臍(へそ)と呼吸》を福岡アジア美術館あじびホールにて実施した。